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やっぱり、「数学も分からないなんて…」はイヤだった

2017年08月03日
ごきげんよう。

“やるのかやらないのかはっきりしろよ”

…って感じなんですけどね、結局また数学に対する情熱が
湧き上がってまいりました。

きっかけはいろいろあったんですが…

中学生の頃の卒業アルバムを見ていると、それを探すついでに
当時の通信簿が出てきましてね。

国語と英語の先生からは、「スーパーエリート」と仰って頂いて、
自慢臭いですが小項目オールAの総合で最高評価を頂いていました。

それが高校になるとまあ悲惨でして。



…それからアニメやゲームなどで、いわゆる「おバカ」なきゃらが
学園モノで出てきた時、彼女/彼が苦手とする科目って、
だいたいは数学なんですね。
で、天才キャラが得意とする科目もまた数学です。

「天才は計算処理能力が高い」という、一種の固定観念みたいなものが
あるような気がしまして。



これをとある人(目上)に相談して、「私、数学と仲直りしたいです!」って、
言ったことがあったんですね。

すると、「数学なんか勉強したって、社会じゃ何の役にも立たないよ」
とバッサリ言われてしまいました。

その時はそれに落胆し、「確かにそうだ、言われてみれば
私を劣等生に陥れたクソ科目!」と怒りさえ覚え、
数学を余計に嫌いになったことを覚えています。

でもですよ、社会のためになるとかならないとか言いますけど、
人間は道具じゃないんですからね。
「社会のためになることだけをして生きなきゃいけない」、
となってしまうと惨めなもんですよ。

 小説読む趣味があっても、本は売れるけど
その作品の中身が分かって何か役に立つの?
 ガーデニングの趣味があっても、自分の家の花や木は喜ぶけど、
その庭の外に利益が及ぶの?
 ゲームやって上達しても、そのテクニックが
実生活で役に立つことはあるの?

…とかそんな感じにですね、趣味や、好きでやっていることにまで
意味、意味ってそればっかり考え始めたら、とてもむなしいことです。
究極として人生に無価値感を覚えるようにまでなっては一大事です。

「無意味を楽しむ」ということも、やはり大事だと思うんですね。
もちろん本業が疎かになってはいけませんけれども、
「意味こそすべて、結果こそすべて」となりがちな本業の傍らですることくらい、
やりたいことやったっていいじゃないですか。



皆さんがもし、娯楽のためにやってみようと思いつかれたものの、
「こんなことして何になるんだろう」と思われたことがあったら、
今回の話に通じる部分もあるのではないでしょうか。

ここまで当たり前のことかもしれませんけれど、

「時々いいことしていたら、
たまには好きに遊ばせてくれたっていい」、
これくらいは許してくれる人生でなければ、私はイヤです。



…ちょっと堅い話になってしまいましたが、
趣味から能力の可能性を発見することもある、私はそう信じています。

それではまた。
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